7月25日月曜日、静代と南が突然やってきた。母への挨拶をすませて8畳間の机を挟んで座ると、待ちかねたように静代が切り出した。
「浩さん、いい知らせよ。南ちゃんのとこも、うちも銭函の海水浴、行ってもいいってお許しが出たの」
母がサイダーの入ったコップを3人の前に置きながらいった
「よかったわね。ご両親さんよく許してくださったこと」
「そりゃなんていっても浩君は信用があるから。ね、静代ちゃん」
珍しく南が加勢した。
「ほんとは頼りないのにね」
「親はみんな子供を頼りなく思うらしいですけど、浩さんは私たちから見ると、スゴーク頼もしいです」
「あら静代ちゃん、お世辞がいいこと。それより、銭函のこと説明しておかなくちゃね」
「お願いします」
2人揃っていい子ぶっているのがおかしい。
「銭函の駅から5分くらい歩くと左側に大きな海水浴場の案内板があるの。まあ浩が知ってるから大丈夫ね。そのあたりから先が泳ぎやすいところ。手前は泳げるんだけど地元の人以外はあまり泳がないの。湾の形が原因らしいけど潮の流れが速くて漁師さんでも泳ぎにくいそうだから、人が少なくていいなんて思って行っちゃダメ。砂浜に出て50メートルくらい先にいくと、青地に白く「波の家」って書いた旗が見えるはず。その小屋が私の姉がお友だちとやっている海の家。もう話してあるから心配いらないわよ」
「おばさんのお姉さんってどんな方ですか? 北大にお勤めの?」
「そうそう、よく知ってるわね」
「浩君ってなんでも静代ちゃんには話すんだね」
「南ちゃんたら」
「じゃあ私のこともいっぱい聞いてる?」
「いえ、そんなに詳しいことは。浩さんはいつもお母さんのことは自慢ばかりですから」
「あらほんと、恥ずかしいわね。私の姉は中川キヨという名前。海の家に着いたら中川さんって声を掛けてちょうだい」
「大学は大丈夫なんですか?」
「ええ、今は夏休みですもの。姉は毎年夏休みはお友だちと海の家をやってるの」
「仕事がお好きなんですね」
「働き者なのよ。ご主人が早くに亡くなったから、2人の子供を1人で育てなくちゃならなかったの。偉いお人でしょ。体も姉妹の中ではいちばん丈夫。私なんかにはとても真似できないわね」
「ご主人はご病気で?」
「いいえ、戦死。結婚してわずか5年ぐらいで亡くなられたの」
「まあ、お気の毒。お子さんは?」
「男の子と女の子が1人ずつ」
「浩さんの従兄姉さんになるんですね」
「そう。戦争で家族を亡くした方はたくさんいるけど、うちの親戚じゃ姉だけ。だから両親もなにかと面倒をみたんだけど、家族を失った悲しみの大きさは当人でなければわからないでしょうね」
母は静代から少しの間視線を窓の方に移した。多分、死んだ兄のことを思い出していたに違いない。しかし、またすぐに静代を見つめながら話し始めた。
「でも姉は強い人よ。自分1人で2人の子供を育てると心に決めた後は、1度も涙を見せず、いつも明るい顔で元気一杯に生きてる。再婚のお話をもってこられる方もいたんだけれど、どんなお話にも乗らず、今日までずっと1人で頑張ってるの」
「そうですか。、強い方ですね、ほんとに」
「まあ姉の場合は戦争のせいだけれど、長い人生にはいろんなことがあるから、あなたたちも、どんなことがあっても負けずに生きていく力を身につけなくちゃね」
「私なんか自信ないなあ」
「私は大丈夫な気がする。静代ちゃんなんか綺麗で頭もいいから、かえって難しいかもしれないね。男がチヤホヤするから」
「そんなあ」
「あら、南ちゃんだってとっても可愛いし、頭もいいでしょ。だからあんまり安心してちゃダメよ。それで海の話に戻るけれど、お昼の食事は私の実家に行ってちょうだい。海の家から5分ぐらい駅の方に戻ったところ。浩が案内できるわね」
「えっ、おばあちゃんのところに行くの?」
「そうよ。あばあちゃんがトウキビとカニをご馳走してくれるんだって」
「わあ、やったあ」
「でもよろしいんですか、大勢で押しかけて?」
「大丈夫よ。おばあちゃんもおばちゃんも、浩のお友だちに会いたいんだって。それにあちらの子供たちも札幌の子供に会うのが楽しみらしいし」
「お子さんは私たちと同じくらいのお年ですか?」
「そうね、あなたたちより2つ上の女の子、1つ下と3つ下の男の子、それにまだ学校に行ってない男の子が2人」
「わあ、5人も。いいなあ兄弟がいっぱいで」
「そうよね、親は大変だけれど子供たちは楽しいでしょうね、大勢のほうが」
「健二叔父さんは子供好きなの?」
「子供の人数は子供の好き嫌いと関係ないんじゃない。好きでも子供のいないうちがあるし、飲んだくれで子供に暴力ふるってばかりいるオヤジなのに、子沢山ってうちもあるじゃない。ね、おばさん?」
「そうね。南ちゃんはいろんなこと知ってるのね」
「いえ、それほどでも」
「英樹さんも南ちゃんも私たちより大人よね、浩さん」
「そうだね、ほんとに」










