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幼年時代第84回 夏休みの計画その2 銭函海水浴の打ち合わせ

銭函(ぜにばこ)海水浴場の砂浜

 7月25日月曜日、静代と南が突然やってきた。母への挨拶をすませて8畳間の机を挟んで座ると、待ちかねたように静代が切り出した。
「浩さん、いい知らせよ。南ちゃんのとこも、うちも銭函の海水浴、行ってもいいってお許しが出たの」
 母がサイダーの入ったコップを3人の前に置きながらいった
「よかったわね。ご両親さんよく許してくださったこと」
「そりゃなんていっても浩君は信用があるから。ね、静代ちゃん」
 珍しく南が加勢した。
「ほんとは頼りないのにね」
「親はみんな子供を頼りなく思うらしいですけど、浩さんは私たちから見ると、スゴーク頼もしいです」
「あら静代ちゃん、お世辞がいいこと。それより、銭函のこと説明しておかなくちゃね」
「お願いします」
 2人揃っていい子ぶっているのがおかしい。
「銭函の駅から5分くらい歩くと左側に大きな海水浴場の案内板があるの。まあ浩が知ってるから大丈夫ね。そのあたりから先が泳ぎやすいところ。手前は泳げるんだけど地元の人以外はあまり泳がないの。湾の形が原因らしいけど潮の流れが速くて漁師さんでも泳ぎにくいそうだから、人が少なくていいなんて思って行っちゃダメ。砂浜に出て50メートルくらい先にいくと、青地に白く「波の家」って書いた旗が見えるはず。その小屋が私の姉がお友だちとやっている海の家。もう話してあるから心配いらないわよ」
「おばさんのお姉さんってどんな方ですか?  北大にお勤めの?」
「そうそう、よく知ってるわね」
「浩君ってなんでも静代ちゃんには話すんだね」
「南ちゃんたら」
「じゃあ私のこともいっぱい聞いてる?」
「いえ、そんなに詳しいことは。浩さんはいつもお母さんのことは自慢ばかりですから」
「あらほんと、恥ずかしいわね。私の姉は中川キヨという名前。海の家に着いたら中川さんって声を掛けてちょうだい」
「大学は大丈夫なんですか?」
「ええ、今は夏休みですもの。姉は毎年夏休みはお友だちと海の家をやってるの」
「仕事がお好きなんですね」
「働き者なのよ。ご主人が早くに亡くなったから、2人の子供を1人で育てなくちゃならなかったの。偉いお人でしょ。体も姉妹の中ではいちばん丈夫。私なんかにはとても真似できないわね」
「ご主人はご病気で?」
「いいえ、戦死。結婚してわずか5年ぐらいで亡くなられたの」
「まあ、お気の毒。お子さんは?」
「男の子と女の子が1人ずつ」
「浩さんの従兄姉さんになるんですね」
「そう。戦争で家族を亡くした方はたくさんいるけど、うちの親戚じゃ姉だけ。だから両親もなにかと面倒をみたんだけど、家族を失った悲しみの大きさは当人でなければわからないでしょうね」

 母は静代から少しの間視線を窓の方に移した。多分、死んだ兄のことを思い出していたに違いない。しかし、またすぐに静代を見つめながら話し始めた。
「でも姉は強い人よ。自分1人で2人の子供を育てると心に決めた後は、1度も涙を見せず、いつも明るい顔で元気一杯に生きてる。再婚のお話をもってこられる方もいたんだけれど、どんなお話にも乗らず、今日までずっと1人で頑張ってるの」
「そうですか。、強い方ですね、ほんとに」
「まあ姉の場合は戦争のせいだけれど、長い人生にはいろんなことがあるから、あなたたちも、どんなことがあっても負けずに生きていく力を身につけなくちゃね」
「私なんか自信ないなあ」
「私は大丈夫な気がする。静代ちゃんなんか綺麗で頭もいいから、かえって難しいかもしれないね。男がチヤホヤするから」
「そんなあ」
「あら、南ちゃんだってとっても可愛いし、頭もいいでしょ。だからあんまり安心してちゃダメよ。それで海の話に戻るけれど、お昼の食事は私の実家に行ってちょうだい。海の家から5分ぐらい駅の方に戻ったところ。浩が案内できるわね」
「えっ、おばあちゃんのところに行くの?」
「そうよ。あばあちゃんがトウキビとカニをご馳走してくれるんだって」
「わあ、やったあ」
「でもよろしいんですか、大勢で押しかけて?」
「大丈夫よ。おばあちゃんもおばちゃんも、浩のお友だちに会いたいんだって。それにあちらの子供たちも札幌の子供に会うのが楽しみらしいし」
「お子さんは私たちと同じくらいのお年ですか?」
「そうね、あなたたちより2つ上の女の子、1つ下と3つ下の男の子、それにまだ学校に行ってない男の子が2人」
「わあ、5人も。いいなあ兄弟がいっぱいで」
「そうよね、親は大変だけれど子供たちは楽しいでしょうね、大勢のほうが」
「健二叔父さんは子供好きなの?」
「子供の人数は子供の好き嫌いと関係ないんじゃない。好きでも子供のいないうちがあるし、飲んだくれで子供に暴力ふるってばかりいるオヤジなのに、子沢山ってうちもあるじゃない。ね、おばさん?」
「そうね。南ちゃんはいろんなこと知ってるのね」
「いえ、それほどでも」
「英樹さんも南ちゃんも私たちより大人よね、浩さん」
「そうだね、ほんとに」

夏休みの計画 その1・藻岩山登山

 7月の中旬になると、藻岩山はもう地肌がまったく見えないほど濃い緑に覆われている。その深い緑の下には細い登山道が蛇行しながら通っている。2年前に初めて遠足で、長く続く緑のトンネルのような山道を登った日の感動を、つい昨日のことのように思い出す。
 最後の急坂を息を切らしながら登って頂上に着くと、眼下に札幌のパノラマが広がった。それは飛行機から見たらきっとこんなだろうと思うような、圧倒的な光景だった。その驚きと感動を英樹(ひでき)にも体験してもらいたいと思う。東京に行く安田 南(やすだ みなみ)も一緒なら、彼女の心にもきっと札幌の思い出が壮大な景色と重なって、強く焼き付くに違いない。
 静代と俺は、4人の藻岩山登山を慎重に計画した。英樹のためのイベントであると同時に、南の東京引っ越し記念でもあるから、単なる登山に終わらない趣向を凝らしたい。それが2人の課題だ。もちろん俺たち2人にとっても思い出に残るものにしたい。なかなか難しい。まず、4人だけでするか、他に誰かを誘うどうか、誘うとすれば誰にするかが問題だ。、
「前から話が出ているんだから、ジュゴンを外すわけにはいかないんじゃない?」
 と、静代がいう。しかし俺は4人だけで登りたい気がした。
「浩さん、そういえば最近ジュゴンのことあまり話さないね。何かあったの?」
「何もないけど……」
「けど?」
「僕さ、あんまり恋愛とか失恋の話、好きじゃないから」
「そうか、やっぱりね。でもジュゴンがそういう話をしたのは、私と南ちゃんがしつこく聞いたからよ。ジュゴンが私たちと話したいのは、もっと違うことなんじゃない、本当は?」
「うん、そうかも知れないね。それとさ、ジュゴンの失恋はやっぱりジュゴンが悪いよ」
「へー、その話してた時には何もいわなかったのに、そんなふうに思ってたんだ」
「静代ちゃんもあまり意見をいってなかったよね」
「うん。南ちゃんが熱心だったから少し遠慮したの」
「それで、どう思う?」
「私は、よくわかんない。相手の女の人にも会ってないし」
「僕は女の人に同情するな。きっとジュゴンは無意識のうちにその人を不安にしたり、傷つけたりしちゃったんだよ」
「ジュゴンって優しい人に見えるけどなあ」
「優しい人であることは間違いないけど、自分が愛されているという甘えがあって、知らないうちに傷つけちゃったんだと思う」
「そういうことってあるかもしれないね」
「だから、もう終わりにしたいって言われた時はジュゴンは驚いたんじゃないかな。その人に悪いことしてたなんて全然思ってないんだから」
「うん、そうかもしれないね」
「だから僕、あんまりジュゴンに会いたいって最近思わないんだ」
「うーん、浩さんは厳しいんだね」
「違うよ、静代ちゃん。僕もジュゴンに似たタイプだから会いたくないのさ。ジュゴンは僕と違って大人だし頭もいい人だけど、どこか自分中心で他人の気持ちがわからない、そういうところがあると思う」
「でも浩さん、完全な人なんかいないんだし、ジュゴンはもう十分悩んで苦しんだんだから、許してあげてもいいんじゃない?」
「許すとか許さないとかじゃなくて、あのね、あの話を聞いた後のジュゴンを見ていると、自分も将来あんなふうなことになるのかなって、イヤーな気分になる」
「浩さんは大丈夫よ。私、今まで浩さんの言葉や態度で傷ついたことないし、不安になったことないもん」
「でも、これからあるかもしれないよ。静代ちゃんに嫌われないなんて自信は、正直いって僕、あんまりない」
「大丈夫よ。なんかあったら、私すぐに浩さんにいうから。それより、せっかく南ちゃんも英樹さんも親しくなったんだから、ジュゴンは誘いましょうよ。それに、藻岩山を内緒にしておいて、円山キャンプだけお世話になるのも悪いし」
「そうか、円山キャンプのこと忘れてた。じゃジュゴンは誘うことにしようか」
「そうそう、それがいいよ」

 というわけで、ジュゴンを誘うことになったのだが、そのとき俺は小川先生を誘うことを突然思いついた。先生が一緒に行ってくだされば、失恋話も出ないだろうし、ジュゴンも俺たち子供ばかりよりは楽しめるはずだ。
「ねえ浩さん、それならいっそ林先生にも声をかけたらいいんじゃない?」
「ああそうだね、ぜひそうしよう。林先生は静代ちゃんびいきだからきっと来てくださるよ」
「ひいきだなんて。浩さんこそ林先生のお気に入りじゃない。そんなことより、担任の間島先生や西先生にはいわなくていいのかな?」
「うーん、担任の先生か。来てくれない方がいいけど、話しておかないとダメかもしれないね」
「うん、黙ってちゃいけないよね」
「だけど、話したら“私もいくよ”なんていわれるかもしれないなあ」
「小川先生と林先生のご都合が悪くて担任の先生お2人がいらしたりして!」
「そんなのイヤだなあ。それに担任が僕たち4人とだけ行ったら、えこ贔屓になっちゃうよ。だから、そんなことにはならないと思う」
「やっぱりジュゴンだけにしておく?」
「その方がいいかもしれないね」

 俺はやっぱり世間知らずだ。小川先生がいらしたらいいなと思うと、深く考えもせず言ってしまう。担任のことまで気がつかなかった。静代はきっとあきれただろう。いや、待てよ。先生は小川先生だけにすれば、学校も違うからいいんじゃないだろうか。静代に提案すると、
「浩さん、そんなに小川先生が好きなの?  私なんだかつまんないなあ」
 と、少し悲しそうな声でいった。俺はやっぱりバカだ。静代が小川先生に焼き餅を焼いていることに気づかなかった。
「静代ちゃん、小川先生は女の人じゃなくて、先生じゃない。僕が女の人として好きなのは静代ちゃんだけだよ」
「でも浩さんは小川先生のこと話す時は、いつも特別な感じだもん。目つきが違うよ」
「そんなことないよ」
「あるもん。私ちょっと悔しいなあ」
「ねえ静代ちゃん、もし小川先生が来てくれてジュゴンと会ったら、2人は案外仲良くなるかもしれない」
「いやだあ、浩さんたらそんなこと考えてたの?」

 静代は目を輝かせた。しかし、じつはいつもの悪いクセで俺はとっさの思いつきでいったに過ぎないのだ。でも、瓢箪から独楽ということもある。もし本当に小川先生とジュゴンが結婚するようなことにでもなったらどうしよう。俺は嬉しいような悔しいような複雑な気持ちになった。
 俺は先生を女性として好きなんだろうか。2年生の2学期だったろうか、体温計の使い方の授業を思い出す。こうして水銀の部分を腋の下に挟むのよ、と言われて衿もとのボタンを2つ外して、先生は見本を示された。その先生のゆっくりした動作を見て、俺はなぜか胸がドキドキした。いま思い返してみると、もうそのころすでに俺は先生を女の人として意識していたのかもしれない。
 しかし、不思議なのは、そのころはよく母と銭湯の女湯に行っていたが、女の人の裸に特別な感情はまったく感じなかった。それが、襟元を緩めただけの小川先生にはどうして反応したのだろう。
 とにかく小川先生とは2校交流の相談を早めにすることにして、その時に、藻岩山登山の話をすることにした。

両親と祖父母のこと

積丹半島、神威岬(かむいみさき)から東に広がる北海道の石狩湾。この海にニシンを求めて、東北地方をはじめ本州各地から多くの漁師が集まりました。ニシン漁で成功をした漁師のニシン御殿があちこちに建ち、その成金を相手の商人も続々と北海道にやってきました。明治中ごろから昭和初期までのことです。浩の母方の祖父は福井、祖母は富山から、そして父方の祖父は、成金相手の骨董商として秋田から小樽にやってきました

 1学期も明日で終わりだ。わずか3ヵ月半だが、昨年よりかなり長く感じた。委員会、放送部、静代とのこと、ジュゴンとの出会い、小川先生との再会と2校交流企画、修学旅行、そして、英樹の母の死と安田南の転校……。
 並べてみると結構いろんなことがあった。出来事が多いと時間の流れは速く感じるというが、この1学期は2学期分に感じた。夏休みは今のところ、ジュゴンの円山キャンプと4人組の藻岩山登山しか予定がない。それから安田しだいでは、ひょっとすると銭函に海水浴に行くことになるかもしれない。あとはお盆に墓参りに行くか、せいぜい晩生内(おそきない)の伯母さんのところに遊びに行くぐらいだろう。
 夏休みや冬休みは、毎年何か普段出来ない特別な勉強をするとか、大きな模型を作るとか、記憶に残るようなことをしたいと思うのだが、いつもダラダラと過ごしてしまい、最後の数日で宿題を片付けるのがやっと、結局何もまとまったことができないうちに終わってしまう。じつにだらしのない男だと自分でも情けなくなる。
 今年こそはと思うのだが、思う一方で、どうせまた同じことさ、ともう一人の自分がささやく。そんな意思の弱いことでは、一生後悔ばかりする人間になっちゃうよ、と母が脅かす。ああ、意思か。誰に似て俺は意思が弱いのだろう。母は強すぎるぐらいだから違う。父か? いや、父も苦学して銀行員になり仕事は出来るほうだというから違うだろう。とすると隔世遺伝で祖父母だろうか?

 父方の祖父母は両方とも知らない。3年前に亡くなった祖母は、父の継母で産みの親ではない。父を産んだ母親は父が10歳のころに亡くなったそうだ。そして祖父は母が嫁ぐ前にもう亡くなっていたから、父の本当の両親には母も会っていない。俺が母から聞いた父の両親の話は、母が父や親戚の人から聞いた範囲に過ぎないから、必ずしも真実ではないかもしれない。
 祖父は秋田で生まれ、何かの事業をおこして東京や横浜、埼玉あたりに行ったそうだ。しかし、間もなくその事業に失敗したが、秋田の生家には戻れなくて、知り合いを頼って北海道に渡った。そして小樽で骨董商を始めたという。ニシン漁で儲かった俄か成金にあやしげな古物を売ったらしい、と母はいう。
 祖父は今度はある程度成功したらしい。成金漁師は気前がよかったのだろう。やがて小樽で結婚して父が生まれるのだが、父のほかに数人の子供がいた。しかし、父とそのすぐ下の弟以外はみな短命で子供のうちに亡くなったそうだ。たった1人残った弟は家族と折り合いが悪く勘当されて付き合いがない。今も元気に生きているらしいが俺は会ったことがない。父も母もその弟のことは話したがらない。
 祖父は息子、つまり俺の父に自分とは違った人間になってほしい、と思い、父を商業学校に行かせ銀行に就職させた。自分のような失敗をさせたくなかったのだ。父は素直な息子で祖父の指示に従った。こうしてみると、俺は父よりも祖父に似ているのかもしれない。
 父は手先が不器用な上、慎重というか臆病だから、故障した電気製品の修理はもちろん、ヒューズの取り付けもできない。しかし、俺は鉱石ラジオの組立からヒューズの取り付けまで、ラジオやアイロンの分解、掃除、再組立、プラグの修理なんかが大好きだ。
 頼まれもしない物まで分解して、何度も母に叱られた。祖父がどうだったかはわからない。しかし、若いうちに亡くなった父の兄弟には、手先が器用だったり、絵や文章が得意な人もいたらしい。俺は絵はダメだが文章を書くのは好きだ。やはりこうしてみると、悪いこともいいことも、俺は父より祖父や父の兄弟たちに似ているのかもしれない。

 母と自分を比べると、似ているところは少ない。母は我慢強くて勤勉、計画性があって頑固なくらいに意思が固い。俺とはまったく正反対だ。似ているのは涙もろいところぐらいのもの。母方の祖父は5年前に亡くなった。5歳まですぐそばに住んでいたので何回も会っているはずだが、あまり印象に残っていない。晩年は腎臓病を患って寝ていることが多かったせいだろう。
 祖父は福井県の漁村で生まれ、ニシン漁に湧く北海道に渡った。がっしりした骨太の逞しい体格の人で、顔は目鼻立ちが大きく、長年海風にさらされた赤銅色の皮膚がてらてらと光り、しゃがれた太い声のせいもあって、子供には怖いぐらいに精悍な男だった。
 ニシン漁の最盛期が終わると、祖父は何ヵ月か単身で樺太まで遠征した。詳しくは知らないが、何か別な漁をする現地の漁師団に、出稼ぎの身分で加わったのかもしれない。ところが2年ほどして、樺太に女が出来たらしいという噂が祖母の耳に入った。偉丈夫の祖父は若いころから女性にもてたそうなので、祖母は不安になり、翌年からは一緒について行くことにしたそうだ。
 両親がいないその時期は寂しかったと母はいう。祖父の家族については福井県出身という以外には何もしらない。ただ、生地を出て賢明に働き網元にまでなったのだから、意思が強く働き者であったことは間違いない。体力も図抜けていたのだろう。俺にはまったく似ていない。
 祖母については、ほとんど何も知らない。富山県の生まれらしいが、どんな家に育ち、なぜ北海道に渡ったのか、祖父とはいつどこで出会って結婚したのか、なんてことも一切聞いたことがない。俺たち孫は小さいころから“オババ”と呼んで慕ってきたが、元気なうちに少し昔の話を聞いてみたいと思う。
 祖父母には5人の子が出来たが、生まれてすぐに死んだ子もあるらしい。無事に成人したのが5人ということだ。最初の4人は女で、4番目に俺の母が生まれた時は、祖父母はひどく落胆したそうだ。生まれた母も気の毒だが、跡取りが欲しかった祖父母の気持ちもわかる。
 しかし、3年後にやっと男の子が生まれた。健二叔父だ。親戚でただ1人の叔父は、細面に高い鼻、目も大き、髭が濃くて剃り跡がいつも青々てした、子どもが見てもいい男だ。日本人には珍しく、背筋をまっすぐ伸ばして大股で歩く姿が、じつに颯爽として格好がいい。しかし、やっと生まれた跡取り息子なのに、叔父は漁師の仕事にはほとんど興味を示さなかった。それでも祖父母はやっと出来た息子を宝物のように思い、大いに甘やかしたらしい。
 4人の姉たちも弟の特別扱いを少しも嫉むことなく、心の底から可愛がり、身の回りのことはなんでもしてやったという。こんな環境で少年時代を送ったら、よほどしっかりしていなければ我が儘で依存心の強い、いやな人間になりそうだ。しかし幸いなことに叔父はまともに育った。勉強よりも本を読むのが好きで、ほかの子が誘いにきても断って家で本を読んでいることが多かったという。母の話では、成績は悪くはないが特別いいわけでもなかったという。
 やがて叔父は家業を継がず石炭関係の会社に就職した。そのころはそろそろニシンが獲れなくなってきた時期だから、祖父も案外すんなりと了解したようだ。叔父の最大の欠点は酒を飲み過ぎること。生まれつき強いのか、顔色も変えずにかなりの量を飲む。母は、健ちゃんに飲ませても全然赤くならないからかわいらしくない、いつもそんなふうに言っている。
 しかし、そう言いながらも叔父がくると、嬉しそうに肴を作り酒を出す。赤くはならないが陽気になってあれこれ叔父が話すのを、ニコニコしながら聞いている母は本当に嬉しそうだ。子供の俺がいうのは生意気かもしれないが、いい姉弟だなと思う。叔父はウチだけではなく、ほかの姉たちの嫁ぎ先でも大いに歓迎され、父をはじめ義理の兄たちもみな、健ちゃん、健ちゃんと呼んで可愛がっている。
 叔父は新し物好きだ。ゴルフ道具、カメラ、ライター、萬年筆、手帳、鞄、靴……、とにかく新しいものが目にとまると我慢ができない。いったいどこにお金があるんだろう、と母は呆れているが次々と買ってしまう。でも叔父は贅沢なのではない。きっと「モノ」が好きなのだと俺は思う。見掛けは成金が高価なものを買い集めるのに似ているが、それとはまったく違った性質のものなのだ。不要な贅沢品を他人に見せびらかすために買ったり、あるいはひそかに高価なものを集めて優越感にひたっているのではない。「モノ」の形や機能性、質感が叔父の心を引き付けて離さくなってしまうのだ。
 健二叔父と俺は、今は本が好きなところだけしか似ていない。でも大人になって俺も酒を飲み、髭が濃くなれば、もっと叔父に近づくかもしれない。ついでに歩き方も見習いたいと思う。

幼年時代第81回 近づく安田 南との別れ(4)

 間島先生が俺たち4人とこんなに長く話したことはない。安田がもうすぐ転向してしまうことになったからかもしれない。
「しかしなあ安田、苦労は人間を成長させる反面、それに堪えられない人を絶望させたり、破滅に追い込むこともある。だからまあ、今お前に格別な苦労がないのは有り難いことなんだ。ご両親に感謝しなくちゃな」
「うん、そうかもしれません。私、この4ヵ月で少しだけ利口になったから、東京でも頑張ります」
「そうだな。安田なら大丈夫だろう。それから、安田は音楽の才能がありそうだ。もしご両親のお許しがもらえたら、東京でピアノを習うといいな」
「えっほんと、先生? 私、諏訪根自子みたいなビアニストになれるかな?」

諏訪 根自子(すわ ねじこ、1920年 – )は、このころ「天才少女」として広く知られた女性ヴァイオリン奏者。子どもこころにも美しい人だなあと思ったものだ

「諏訪根自子はピアノじゃなくてヴァイオリンだよ」
「ああそうですか、ちっとも知らなかった」
「のんきなやつだな、お前は」
「だって私、音楽なんかクラシックも歌謡曲も単に偶然に聞くだけだもん。歌ったり弾いたりする人なんか誰でもいいからよく知らないよ」
「それじゃあ諏訪根自子はなんで知ってるの?」
「新聞か雑誌で見たんです。スゴーイ美人なんで名前はすぐ覚えちゃった。ハリウッドの映画に出てもおかしくないぐらいの美人だね、先生?」
「ああ、たしかに美しい人だな。ヴァイオリンも相当なもんだ」
「ああいうタイプ、先生好きですか?」
「好きだなあ」
「奥さんよりも?」
「それは変な質問だな。同じ好きでも、奥さんを好きなのとは、意味が違うよ」
「でも先生、もし先生がご結婚される前に、諏訪根自子に会ったとしたら?」
「あのな安田、違った条件で過去をやり直すことは絶対に出来ないんだ。だから、もしあの時こうだったら今はどうなっているだろう、なんて考えるのはあまり意味がないことだよ」
「でも私、知りたいな。もし先生が同じ時期に奥さんと諏訪根自子の両方に出会っていたら、どっちを選んだか」
「お前はやじ馬だな。音楽家よりも芸能記者の方が向いているかもしれん」
「違いますよ、先生。私は人は本当に好きな人って決まっているのか、それとも単なる偶然の出会いで決まるものなのかが知りたかったんです」
「そうか。それはまた難しい問題だな。残念ながらその質問に正しく答えることは私には無理だ」
「そんなに難しいんですか?」
「うん。ああそうだ、そういうことについては、お前たちが親しい宮川君の方がうまく話せるかもしれない」
「ジュゴンですか?」
「妙なあだ名をつけたもんだな」
「可愛くていいでしょ?  先生にもいいのつけてあげましょうか?」
「いや、遠慮するよ。どうせロクでもないのをつけられそうだからな。まあ、そのジュゴン君は辛い失恋をした経験もあるし、本もたくさん読んでるから」
「それがね、先生。この間話したんだけど、私は何だかよくわからなかった。ジュゴンはきっと失恋からまだ立ち直ってないんじゃないかなあ」
「そうか。まあ、人を好きになるってことは大変なエネルギーを要するからなあ」
「ジュゴンはきっと相手の人への優しさというか、思いやりが足りなかったんじゃないかな」
「ほー、それは厳しい見方だな」
「だいたい男は身勝手だから」
「うーん、そうかねえ」
「そうよ。その上ずるい」
「私は、身勝手もずるさも、男女による違いではなく、人による違いだろうと思うが。身勝手な男もいるが身勝手な女もいる」
「そうかなあ。静代ちゃんはどう思う?」
「私は先生のおっしゃる通り人によるんだと思う」
「ああ、いやんなっちゃうなあ、静代ちゃんまで優等生みたいなこといって。英樹君は?」
「俺なんかに聞くなよ、劣等生なんだから」
「いいじゃない、私は優等生なんか好きじゃないもん。どう思う、男はずるくない?」
「ずるい男もいるし、ずるくない男もいるさ。ただ、ウチの父ちゃんをみてると、大人になると女は母ちゃんのように、男のわがままで苦労する人が多いんじゃないか。男の方が社会的立場が強いから、女の人はどうしても損だよな。それが女からみれば、男が身勝手にみえるんだ、きっと。でも、どっちもどっち、俺にはどうでもいいことだ」
「ほう、英樹はそんなふうに思ってるのか。私も同感だな。安田、あまりそんなことあれこれ考えず、今はまず自分を磨くことだ。そうすりゃいつか中身のある男にちゃんと出会う。学校の勉強も音楽も、とにかく気合いをいれてやること」
「なんか納得できないけど、仕方ないから精一杯頑張ることにします」
「よしよし、東京の連中に負けるな。札幌に生まれ育って大通小学校に学んだことを誇りに思って、な」
「うひゃー、これ以上先生と話してると大変なことになりそうだ。先生、用事があったんじゃない?」
「何を勝手なこといってるんだ。話そうといったのはお前だぞ。まだまだ話していてもいい。というのは冗談で、そろそろ行かなければならん。みんなも遅くならないうちに帰るように」
 間島先生はどこかに行かれてしまった。こんな話に付き合ってくださるなんて、いい先生だなと思う。西先生なら、バカなこといってないで早く帰りなさい、なんていわれるに決まっている。やっぱり音楽は人を優しくするのかもしれない。ただ、ジュゴンが俺たちのことをどんなふうに話しているのかが気になった。

幼年時代第80回 近づく安田 南との別れ(3)

夏が近づいた空のこんな雲の下で、4人は別れの寂しさを堪えて話をした

「南ちゃん、私泣きたくなっちゃった。ほんとに別れるのは辛いね」
「なにいってるの。静代ちゃんには浩君も、英樹君もそばにいるじゃない。でも、私ね、4人で付き合ってから自分が少しずつ変わった気がする。いつも乱暴な言葉を使ったり、ふざけたことばかりいってたけど、ほんとはね、この4人の付き合いがすっごく気に入ってたの。勉強にもなったし。
 特に英樹君には自分がまったく気づかなかったことをいろいろ教わったと思う。だからちょっと口にするの恥ずかしいんだけど、本当をいえば、う~ん、尊敬してる。だからもっと長くみんなと一緒にいたかったけど、お父さんが転勤じゃ仕方がないよね。でもさあ、いつかまた戻ってくるかもしれないし、みんなだって東京に来ることになるかもしれないんだよ。とにかく私はみんなに感謝してるし、ずうっと友だちでいたい。だから英樹君もちゃんと連絡できるようにしてね、手紙は書かなくていいから」

 そこにはいつもと全然違う安田がいた。突然の変化に3人とも驚いて、どう反応していいのかわからなかった。最初に口を開いたのは英樹だった。
「安田はセンチだなあ。今日でお別れというわけじゃないじゃないか。海にも行くし、ひょっとしたら円山キャンプだって大丈夫かもしれないだろ。そうだ、もし円山がダメだったら、藻岩山に登ろう。というか、俺を連れていってくれないか。安田、俺を後ろから押したり、引っ張ったりして助けてくれよ」
「いい考えだね、僕は賛成だ」
「私も賛成。南ちゃんは?」
 南はどこか遠いところを見るような穏やかな表情で沈黙していた。そんな彼女はこれまだ見たことがない。じっと物いわない南の横顔を俺は美しいと思った。そういえば南の顔を特に気にして見たことは今までになかった。静代がさっき、南はきれいだといったのは、お世辞じゃなかったのだ。静代が南の顔を覗き込むようにしてもう1度聞いた。
「ねえ南ちゃん、藻岩山に登らない?」
「えっ?  ああ、藻岩山ね。行くよー、私。英樹なんかグズグズしてたら蹴飛ばしてやるから覚悟しときな」
 元の南に戻ったような明るく軽い調子で答えた。しかし、目には涙が浮んでいた。南の涙を見るのも初めてのことで俺は少し感動した。彼女はそれほどこの仲間を大切に思っていたのだ。
「そうよね、英樹君は甘やかしたら絶対頂上まで登れないからね。蹴飛ばすぐらいの気合いじゃなきゃ」
 と、静代も少し涙目で南に調子を合わせた
「浩、女は強いよなあ。お前の母ちゃんも強いらしいけど、この2人はもっと強くなるかもしれないぞ。大丈夫か?」
「うん、俺は強い女の人が好きだから」
「静代ちゃん、よかったじゃない、浩君がこういう人で。でも、男は気持ちが変わりやすいから注意した方がいいけどね」
「変わりやすいのは女の方じゃないの?」
「昔からいうよな、女心と秋の空って」
「秋の空は真っ青に晴れ上がって爽やかだから、女心なんじゃないの?」
「そんなのお前の勝手な解釈じゃないか」
「悪かったわね。でもさ、秋の空ってそんなに変わりやすいかねえ?」
「大体さ、こういう言葉は関西か東京あたりで出来るじゃない。札幌の秋は短いし、あまり天気は変わらないけど、あっちの地域は変わりやすいんじゃない?」
「そうかも知れないね。でもさ、そういえば諺のような言葉って、現実と一致しないの結構あるよね」
「天気でいえば、ゲタを蹴り上げて上を向いて落ちたら明日は晴れで、裏返しに落ちたら雨」
「それは諺というより子供の遊びじゃない? ねえ浩さん、三寒四温は?」
「それは日本じゃなくて韓国の言葉でしょ。月が傘を被ってたら翌日は雨なんてのは当たってるんじゃない?」

 そんなことを話していると、間島先生が通りかかった。
「おやこんなところで油を売っているのか?」
「油なんかもってませんよ、先生」
「安田は冗談か本当かわからないことをいうね。でもそういうところが東京の子どもにも気にいられるかもしれない」
「ねえ先生、少し一緒にお話しませんか?」
「南ちゃんたら。先生に失礼よ」
「いや、いいさ。今日はもう帰ろうと思ってたところだから。青山、今日は浩となにかあったのかな?」
「別に特別な話をしていたわけじゃありません」
「なにも私は叱ってるわけじゃないよ。ほかの組の子とも仲良くするのはいいことなんだから。安田がもうすぐ東京に行っちゃうから、浩も東谷も寂しくなるだろう。ところで東谷はもう大丈夫か?」
「はい、母ちゃんのことなら大丈夫です」
「先生、私ね、英樹君と話せるようになって、とってもよかったんだよ。最初は変なヤツだなって思ったけど、いろいろ話してみたら、同じ学年の子よりずっと大人なんだもの。ずいぶん勉強になった。危うく好きになるところだった、へへへ」
「やめろよ、先生の前で変なこというのは」
「東谷、怒ることないだろう。たしかに東谷は他の子より苦労してるからな。私も内心感心してるんだよ」
「先生、やっぱり人間は苦労しなくちゃダメなんだね」
「そうだ。昔からいわれてるだろ、若い時の苦労は買ってでもしろって」
「でもさ先生、苦労ってしようと思ってできるもんじゃないでしょ?」
「うん、まあそこが難しいところだ。浩はどう思う?」
「僕にはよくわかりませんが、苦労は誰でもしたくない。英樹だってしたくないのに、苦労の方が勝手に次々とやってきた。英樹が偉いのは、めげずにその苦労と戦っていることだと思います」
「そうだな。人は可哀そうだとか、気の毒だなんて同情するが、苦労はそれを背負っている者にしか、苦しさや辛さはわからないもんだ。とにかく、安田が東谷の苦しみや悲しみを理解したことは、とてもいいことだと思う」

幼年時代第79回 近づく安田 南との別れ(2)

 「俺、銭函なんて1回も行ったことない」
「英樹、銭函はあまりきれいな海じゃないけど、海水浴の時期はかなりの人がくる。けっこう人気があるんだ」
「ニシン漁が最盛期のころはずいぶん栄えたんでしょ?」
「うん、何しろ銭函っていうぐらいだからね」
「お金を箱にいれて、リュックサックみたいに背中に背負って運んだってほんとなのかしら」
「有名な話だけどちょっと信じられないね。まあ、それほど儲かったという話じゃないかな」
「ニシン御殿があちこちに出来たんだもんね。スゴイよね」
「銭函では御殿みたいな立派な家、見たことないけど、小樽にはスゴイ大きな家が残ってるんだって」
「俺はニシンあんまり好きじゃない。骨を何度も喉に引っ掛けてウンザリだ」
「僕も何回かやったな。ご飯丸呑みしてもなかなかとれないんだよな」
「私は大丈夫。お魚食べるの上手だから」
「南ちゃんが羨ましい、私はダメ。お魚食べるの下手だから、お母さんにいつも笑われたり叱られたりしてるの」
「でもさ、ニシンは最近は捕れないから少なくなったけど、3年生ごろまでは毎日のように食べさせられたなあ。その頃ウチじゃあ、七輪に炭をおこしてニシン焼くのは僕の役目だったんだ」
「へー、偉かったんだね、浩君って」
「俺だってやったさ、そのぐらい」
「あらそう、英樹君も偉かったわねえー」
「なんかバカにしてるみたいだな」
「とんでもない、褒めてるんじゃない。素直じゃないよ」
「まあまあ、私は魚焼くのあんまり得意じゃない。だってニシンなんか油が強いからさ、すごく煙が出るでしょう。目は痛くなるし、咳込んじゃうんだもん」
「そうね、煙がすごいよね」
「僕さ、ニシンでは今でも身欠きニシンが大好きだ。小さいころなんかオヤツだった。皮を剥くと手が油でベトベトになるけど、自分で剥いてナマで食べるのがいちばん好きだ。柔らかいのより固く身が締まったのが、噛んでると甘味が出てきておいしい。それから、大根のニシン漬。冬の寒い日に樽に薄く氷がはったのを割って取り出して、ニシンと大根を一緒に噛むと旨いんだよね」
「へー、浩君ってジジくさいものが好きなんだね」
「それで、緑茶の濃いのが好きなもんだから、おばあちゃんに、あんたは年寄りみたいだね、っていわれてる」
「静代ちゃん、浩君は食べ物の趣味悪そうだよ」
「別に悪くないんじゃない。私だってニシン漬は好きだもん」
「へー、そう。私は漬物なんかあんまり好きじゃない。特にタクアンなんか臭いから大嫌い。うっかり食べちゃうと、なんか喉のあたりにヌルヌルした感じがいつまでも残って気持ちが悪くなっちゃう」
「漬物がそんなに嫌いなんて、南ちゃんは日本人じゃないみたいね」
「そう、私には外国人の血が入ってるのかな。そういえば私ってヘップバーンに似てない?」
「全然似てない」
「何よ英樹。あんたなんかヘップバーンなんか知らないくせに」
「俺だってヘップバーンぐらい知ってるよ」
「じゃあ似てるってわかるじゃないの、ね、静代ちゃん」
「さあどうかな」
「あれっ、なんなの静代ちゃんまで?」
「だって向こうは大人だもん。南ちゃんは誰にも似てないけど、きれいで素敵よ」
「そう? やっぱり静代ちゃんは賢いね、よく見てる」
「なにいってんだ、ただのお世辞に決まってるのに」
「英樹さん、お世辞じゃないよ。南ちゃんはほんとに素敵だもん」
「ほらね。あんたは物の見方が素直じゃないのよ。だから私、あんたを置いて東京行くの心配なんだ、ほんとに」
「余計なお世話だよ」
「私がいなくなったら、注意してくれる人いないんだから。大丈夫?」
「安田、お前の個性は天然記念物的だ。短い間だったけど知り合ってよかった。東京に行ってもお前なら、学校にもすぐ慣れて、きっと人気者になると思うよ。俺のことは心配しないで元気にやってくれよな」

「ほんとにもうすぐ行っちゃうんだよね。私まだ信じられない。あんまり悲しいことだから考えないようにしてるの。南ちゃん、東京のどこに引越すかもう決まったの?」
「うん、家は中野区の鷺宮ってとこで、近い駅は西武新宿線の野方っていうらしい」
「鷺宮はきれいな名前で南ちゃんにピッタリだね」
「野方ってのは田舎くさいなあ」
「野原のある方だからきれいじゃない、ね浩さん?」
「東京って大都会だから、僕たちは東京全部が札幌の駅前から4丁目みたいに想像するけど、住宅地域はまだ野原や畑のあるところも多いそうだよ。親父が去年出張で東京に行った時の話だけど」
「今ね、東京の大きい地図や本を見て調べてるの」
「楽しい、南ちゃん?」
「みんなと別れるのは悲しいけど、新しい所に行くのは正直いって楽しみだなあ」
「そうだろうね。僕も札幌は大好きで離れたくないけど、東京には行きたいと思うことあるな」
「浩さんは行ったらダメ。南ちゃん、私手紙いっぱい書くからね」
「うん、私も書く。英樹君は書いてくれる?」
「俺は書くの面倒くさいから何かあれば浩か青山に言づけしとく」
「あんたらしいね、まったく。そんなんじゃ一生恋人できないよ」
「女には関心もたない主義だっていったじゃないか」
「そんな負け惜しみいってないで、私に手紙書いてラブレターの練習にでもしなさいよ。ちゃんと採点してあげるからさ」
「余計なお世話だね。それにさ、俺の予想じゃ半年もすりゃ札幌の友だちなんか特別なやつ以外は忘れるさ。新しい仲間と付き合う方がよくなる。そういうもんだよ」
「英樹さんってずいぶん寂しい考え方するのね。それは新しい友だちは毎日一緒にいるんだから、大事にしなくちゃならないけど、6年も付き合った古い仲間は一生の友だちよ」
「だからいっただろ、特別なやつ以外はって。たとえば青山と安田は遠く離れて暮らしても、お互い忘れないかもしれない。でも、俺なんかだと、1、2年もすれば、札幌の小学校には変なやつがいたな、ぐらいになっちゃうさ。俺はそれでいいんだと思うけどな」
「大丈夫よ、私は普通の女の子とは違うから、英樹君のことは手紙くれなくても忘れない。だって私たち4人は特別な仲間でしょ。他の人は適当に忘れちゃうつもりだけど、ここにいる3人を忘れることはないよ」

幼年時代第78回 近づく安田 南との別れ(1)

 昼休みに体育館でバッタリ静代と安田に出会った。久しぶりに3人でゆっくり話したいから、放課後を空けて欲しいという。そういえば、もうすぐ安田は東京に行ってしまうのだ。英樹のお母さんのお通夜以来、彼女とはあまり話していない。放送室の片付けを早く済ませて大通り公園で会う約束をした。

大通り公園での写生授業。浩は花は難しいので高等裁判所(下)を描いたが、まったくうまく描けず、自分には絵の才能がないことをこの時はっきりと自覚した

 大通り公園はこの時期、学校の正面玄関前の芝生が坐り心地よくなっている。低学年生は図工の時間に、ここで写生の授業をする。俺も3年の時に下手な絵を描いた。花や木は難しいので西側の高等裁判所を選んだ。画用紙いっぱいに建物全体の横に細長い長方形を置き、その中に窓の縦長長方形を描き込めばいいから簡単だと思ったのだ。ところが、いざ始めるとうまくいかない。屋根や玄関をちゃんと描かないと、長方形が建物には見えないし、窓も輪郭をしっかり描かないと立体感が出ないし、そもそもガラスが難しい。画家の描いたものは、克明に細部を描いていなくても、少し離れて見ると本物らしく見える。母も絵は苦手だといっているから、俺が下手なのは遺伝かもしれない。
 正面玄関を出てまっすぐ公園の方を見ると、芝生に座った3人の姿が見えた。英樹も来ていたのだ。

「遅くなってゴメン。英樹も一緒でよかった」
「あんまり来たくなかったんだけど、廊下で2人につかまっちゃった」
「何いってるのよ。私の顔見て嬉しそうについてきたくせに」
「2人は相変わらずだね、静代ちゃん」
「ホントねえ。もうすぐお別れだっていうのに」
「ああそうだね。引越の日は決まったの?」
「正確にはまだわかんないけど、多分8月真ん中過ぎてからみたい」
「あれ、それじゃ円山のジュゴンキャンプは大丈夫かもしれないね」
「でも、いろいろ支度があるから行けるかどうかわかんないなあ」
「何が何でも参加しろよ」
「あら英樹君、そんなに私と一緒にいたい?」
「一緒にいたいっていうか、4人は特別な仲間じゃないか」
「へー英樹君、今日は素直じゃない。いつもこうならカワイイのにね」
「なんとでもいえよ。でも、やっぱりせっかくの仲間が欠けちゃうのは、正直いって寂しいなあ。俺なんか学校に友だちがいなかったから。それに安田って特別だからな」
「なによ、特別って?」
「まったく女の子ってこと感じさせない」
「なーんだ、そんなことか」
「でもね、南ちゃんが男っぽく見えるのは、しゃべり方だけよ。内面は私よりずっと女らしいと思う」
「さすが静代ちゃん、私のことよくわかってるねえ」
「俺だってそんなことわかってるさ」
「へー、英樹君は私の中身までわかるんだ。ひょっとしてあんた私のこと、前から好きだったんじゃない?」
「そんなことあるわけないだろ。俺は女なんか好きにならないよ」
「でも、きっと私のこと好きなんだ。恥ずかしいからいえないだけじゃない。ね、浩君、そう思わない?」
「うん、そうかもしれないな」
「お前まで馬鹿なこというんじゃないよ」
「英樹さん、もうすぐ南ちゃんは東京に行っちゃうんだから、正直に白状したほうがいいんじゃない」
「青山まで。あのさ、みんながそんなにいうなら正直にいうよ。そのかわり、絶対他のやつらには内緒にしてくれよな」
「もちろん。心配いらないよ。告白は4人だけの秘密」
「俺は気づいた時から体の具合が悪いし、家も貧乏だ。勉強もできないし、可愛い顔でもない。だから、女の子になんか関心をもたないって決めたんだよ。だから特別な感情をもった女の子なんていない。
 それに、好きだとか嫌いという感情を捨てると、人間のことが良く見えるようになる。真面目な坊主が結婚しないのもそのためなんだろうな。ただ、安田は普通の女の子とは少し違うなあと思っていた。それが浩との付き合いを通じて直接話す機会が出来て、実際に話してみると予想通りで、知らないうちに会うのが楽しくなってしまった。ただそれだけで、それ以上の気持ちはないよ」
「ふーん」
「南ちゃん、今の英樹さんの話は、普通でいう“好き”ということよ、ね浩さん?」
「うん。でもさ、2人ともこのぐらいで英樹を許してあげてよ。英樹が南ちゃんに他の女の子とは違う気持ちをもっているのは確かなんだから」
「でもさ、それだったら浩君が私にもっている気持ちと同じじゃない。なーんとなくツマンナイなあ」
「僕の気持ちとは少し違うんだけど、まあいいか。それよりさ、もうすぐ夏休みじゃない。南ちゃんがジュゴンキャンプに来れるかどうかわかんないから、7月の終わりにみんなで海にいかない?」
「それいいわね、賛成。それでどこの海、浩さん?」
「蘭島は少し遠いから銭函はどう?」
「あっ、銭函なら浩さんのおばあちゃんがいるもんね。南ちゃん、どう?」
「いいね、私絶対行きたい。英樹君、行こうね。そしたら私の水着姿見られるよ。お望みなら裸見せてあげてもいいよ」
「なにまたバカいってんだよ。この前もいったろ、お前の裸なんか見たくないって」
「あら、憎たらしいいい方するわね。まあ、あんたには美しいものに対する感度がないから仕方がないけど」
「自分の裸が美しいって思ってるなんて、お前もシアワセだな、ほんとに」
「なにいってるかバカもん。私の体はほんとに美しいんだ。伊東絹子にだって負けないよ」
「おい浩、笑ってないで助けてくれよ」
「いや、南ちゃんの体はきれいだよ、僕は見てもいい」
「あら、浩さん何いってるの。バカなこといわないで」
「大丈夫よ、静代ちゃん。私はきれいな上に良識があるから、浩君には頼まれても見せないよ」
「まあ、冗談はこのくらいにして、ともかく海行きはなんとか実現しような」

幼年時代第77回 藻南公園で2校交流親睦会(4)

小さな蕾のような、浩のとっさの思いつ企画が、6人の協力で見事に大輪の花を咲かせてくれるかどうか……

「浩君、提案ありがとう。まだ続きがあるようですが、先に他の人の意見を聞いてみましょう」
 先生は俺の目をじっと見ながら話された。その視線には俺にしかわからないはずの深い優しさがこもっていた。入学後2年間、何度もこの視線に救われたのだ。俺はまた身近に小川先生を取り戻したような幸福感を胸一杯に感じた。
「僕は今の企画に賛成です。対校運動会や共同学芸会なんかもいいけど2校の共同観察や調査なら、記録も残るし、他校にも提供できるのでやりがいがあります。浩君は午前中一緒に薪集めをしましたが、僕にいろいろ質問してくれて嬉しく思いました。話を聞くのがとても上手だし、親しみやすい感じですから、この企画は浩君を委員長にしたらきっとうまく行くと思います」
 君塚君がこう発言している間、小川先生は時々俺を見てニッコリされた。

 こんななりゆきで、初の2校交流準備会は何とか格好をつけて終わることができた。両教頭がまとめの話をされ、次回は2学期早々に大通小学校で具体化委員会を行うことになった。とにかく2校交流は正式にスタートするのだ。
 別れ際に小川先生が近づいてきて、俺の肩に手を置いて声をかけてくださった。
「浩君、今日はいい提案をしてくれてありがとう。松田先生も喜んでくださったわ。9月までには具体化案を考えておいてね。先生、浩君がいてくれて本当に助かった。一緒に頑張りましょうね」
 俺は天にも昇る気持ちがした。しかし、提案はじっくり考えたものではなく、小川先生のお気持ちを察して、その場でとっさに思いつきをいったものだから、内心恥ずかしかった。ところが、俺の恥ずかしそうな態度が小川先生には謙虚と見えたらしく、
「浩君はずいぶん大人になったわ。得意にならないのがとっても偉い」
 と、褒められてしまった。こうなった以上は、発言してしまった企画を絶対に成功させなければならない。それしか小川先生に報いる道はないのだ。
 帰りのバスは窓際に川村、その隣に俺、通路を挟んだ隣に静代、その向こうに高橋が座った。静代がちょっと他人行儀な調子で話しかけてきた。なるべく2人の特別な関係を悟られないように気を使ったのだろう。しかし、目の奥には特別な感情がはっきりと宿っている。
「浩さん、今日の提案は良かったね。最初はみんなあんまり意見が出なくて心配したんだけど、さすがね」
「そんなことないよ。僕も困ったなあと思ってたんだけど、何か具体的なこといわないと小川先生に悪いなあって思って」
「ふーん、あれは小川先生を助けるための提案だったの?」
「そりゃあ、浩は小川先生に特別可愛がられたからな」
 と、川村が余計な口を挟んだ。
「そんないい方するなよな。川村がちゃんといい提案をすれば俺も困らなかったんだから」
「俺はね、ああいう時に出る企画なんてどうせダメだって思うんだ。というか、企画なんか平凡でいいんだよ。とにかく何か始めて続けていけば、なんとかなるもんだよ」
「川村さんはずいぶん覚めた考え方するのね。私はやっぱり何かを始める時は、何を、どうしてって意見を出し合った方がいいと思う」
「まあ、それはそれとして、浩の提案はなかなかいいと俺も思うよ」
「俺に賛成するなんて珍しいな、川村」
「いいものは誰の意見でもいいっていうよ、俺は」
「僕も浩君の企画はいいと思う」
 前の席から振り向いて臼井がいった。
「ほー、臼井も賛成かあ。お前が態度をはっきりさせるなんて珍しいな」
「川村君は相変わらず口が悪いなあ。僕だっていうべきことはちゃんというよ。僕が浩君の企画に賛成なのは、僕は観測とか調査が好きだから。運動会や学芸会なんかつまんないもん。ねえ浩君、来年は南極観測もあることだし、藻岩山・豊平川定点観測なんてやり方しだいですごく面白くなると思うよ」
「そうだな、僕も細かいところまで考えているわけじゃないけど、きっと面白いと思う」
「それでさ、僕、手伝うよ、具体企画の作成」
「そう、助かるなあ」
「浩さん、私にも手伝いできる?」
「えっ、静代ちゃんも手伝ってくれるの? 嬉しいなあ」
「あのなあ、俺だって浩の企画には賛成なんだから手伝うよ。とにかく小川先生のためかどうかは別にして、うまく実現できるようにみんなで協力することにしようぜ。今日の6人が全員準備委員になればいいんじゃないか? なあ、高橋、斉藤」
「私たちも仲間にいれてくれたら嬉しい」
「よーし、これで決まりだ。大通の団結力はたいしたもんだ、な浩?」
「川村さんたらすごい張り切りようね」
「そりゃ青山、学校で大事なのは団結だよ、個人プレーはよくない。なんだ、臼井は反対なのか?」
「反対じゃないけど」
「けど、なんだよ?」
「団結することは悪いことじゃないけど、今度のような場合は、委員の1人ひとりが決められた役割をしっかりやることが、まず大事だと思う。団結っていうとさ、なんかやることの中身は適当で、ただ仲良くすればいいんだって感じになりやすいじゃない。そういうの僕はイヤなんだ。今度の場合は特にしっかり準備をしなくちゃ、観測も調査もただの遊びになっちゃう危険性があるよ」
「それはそうかもしれないが、お前のように頭がいいやつばかりじゃないんだから、みんなの気持ちが1つになるようにしなけりゃダメじゃないか」
「頭がいい悪いは関係ないよ。まじめに準備しなければいけないってことだよ」
「誰も不真面目にしようなんていってないだろう」
「とにかくさ、どうしたら多くの生徒が楽しく参加できるかは、実行計画の出来に掛かっていると思う。浩君どう?」
「そうだね。特に観測は計画の基本や方法をきっちり決めなきゃいけないな」
「そうだよね。それで提案なんだけど、観測に関してはまず僕が試案を1ヵ月以内に作る。それを下敷きに委員会で検討する、っていうのはどうだろう?」
「いいね、僕は賛成だ。調査の方も誰か試案を作ってくれるといいね。川村はどう?」
「何だかお前ら2人で調子を合わせてるようで気に入らないけど、必要なら俺だって何でもやるさ」
「それはよかった。それで調査は範囲が広いからさ、いくつかに分けた方がいいと思うんだ。たとえば、川村は新聞社や放送局を中心にして、静代ちゃんたち女性は図書館や出版社を軸にしたらどうかな?」
「あくまでも試案作りよね。私、そういうのあんまり得意じゃないけど、斉藤さん一緒にやってみようか」
「ええ、私も自信ないけどやる。わからないところは浩さんに助けてもらえばいいもんね」
「浩じゃなくて俺でも臼井でもいいんだよ、相談は」
「でも、川村さんはちょっと恐い感じだから、ね、青山さん?」
「俺がどうして恐いの? 優しいよな、浩?」
「うん、恐い時もあるけど。いや、もちろん冗談だよ。でも、どうやらこの企画はうまくいきそうだね。僕は次の打ち合わせ会までに、平岸小学校との連絡役をするね。小川先生にも、今みんなと話したことを整理して報告の手紙をすぐ出しておくよ」
 思いつき半分で提案した企画がこんな形でみんなに受け入れてもらえるとは思いもしなかった。

幼年時代第76回 藻南公園で2校交流親睦会(3)

「今日こうして初めて会う人が、1つの目的をもって行動をすると、お互いの共通点や思わぬ違いに気づくことがいろいろとあったでしょう? 人は生まれ育った環境の違いで、考え方や行動の仕方がずいぶん変わります。私は大通小学校から平岸小学校に来て今月で3年と4ヵ月ほどになるんだけれど、平岸の生徒を理解できるようになったのは、やっとこのごろのことです。それは平岸の自然や産業、歴史、そしてここに暮らす人々の生活の実際をある程度知るのに、それだけの時間がかかったということです。
 同じ札幌でもかなり自然環境が異なる2つの学校に勤務したおかげで、私はそうした環境の違いによる影響を直接体験することができたのです。それで、ある時思いついたのが、違った環境にある2つの小学校の交流なのです。生徒どうしが、ある目的をもって定期的に交流することによって、自分の置かれた環境とは違う自然と生活の関係が、私が経験したように、交流活動を通して学ぶことができます。社会科の授業で学ぶのは地理や歴史などの大切な知識ですが、それだけでは十分じゃありません。実際に自分と違った場所で生活している、同じ世代の人と話し合ったり活動することを通して理解することも大切なのです」
 みんな真剣な表情で小川先生の話に耳を傾けた。ここまで話して先生が一呼吸置くと、臼井が少し生意気な口調でこう言った
「百聞は一見に如かず、ですか?」
 すると、先生はまたみんなをぐるりと見回して、
「そうね、近いけれどちょっと違うかな。百聞は一見に如かずというのは、あることを理解するには、人から聞いたり本を読んだりして知るより、そのものを直接見たり触れたりする方が早い、ということよね。2校交流にもそういう側面はあるけれど、肝心なのは“交流”そのものに意義がある点なの。何かを知ろうとして交流するのではなく、予期していないことを交流の中で知る、それが大切なのです」
 と、優しい言葉でゆっくりと話された。でも、正しく理解するのは簡単ではない。みんなが考えているのを見て小川先生は話を続けた。
「難しく考えないでね。たとえば‘姉妹都市’とか‘姉妹校’って言葉は知ってるでしょう?  ある都市が国内や外国の違う都市と、またある学校が国内や外国の違う学校と交流する約束を結ぶことね。なぜ兄弟ではなく姉妹なのか私もよく知らないんだけれど。2校交流はちょっとそれに似ているかもしれない。
 でも、公式な姉妹関係は都市にしても学校にしてもお互いに遠く離れている場合が多いから、どうしても儀礼的になるわね。当事者がいつでも自由に会って直接交流ができるわけじゃない。その点で大通と平岸の2校交流なら、生徒も先生も、時には父兄も、会おうと思えばいつでも会える距離にあるでしょう。それでいてお互いの自然環境も産業もかなり違う。2校交流を考えたそもそもの始まりはそういうことです。問題は、いかに実践的で、ちゃんと続けていかれる企画を立てるか、ということね」

 小川先生のお考えはよくわかるのだが、さてそれではどんな企画がいいかとなると難しい。みんなの気持ちも同じらしく相変わらず発言がない。すると、それまでじっと聞いていた松田先生が口を開かれた。
「こういう時は誰でも今までにない、特別なことをしようと考えるんだが、何事においても、驚くほど画期的なことなんて、そうそうあるもんじゃない。大切なのは企画の斬新さじゃなく、どんなことでも決めたら、それを継続することなんです。みんなの身近にもいませんか?  いいこと考えて準備は周到にするんだが長続きせず、すぐに止めちゃう人が。ですから、最初は平凡でもいいから、何か出来そうなことを1つ決める。そしてそれを確実に実行しながら、段々にそれを充実させたり拡大させていく。どうですか、教頭先生、小川先生?」
 平岸の教頭先生は松田先生の話を相槌を打ちながら、いかにも感心しているという様子で聞いていた。
「私も松田先生に賛成ですね。人間そうそう新しいことを考え出せるもんじゃありません。ここは1つ何か定期的に開く準備委員会でも作って、焦らずじっくり行くのがいいんじゃないでしょうか、ね、小川先生?」
 と、うまく小川先生に下駄を預けた。
「はい、その方向に異存はございません。でも、今日の集まりはだいぶ前から両校の委員には伝わっているはずですね。私はもう少し何か提案があるのじやないかと期待していたんですが…」

 俺はドキっとした。大好きな小川先生を失望させてしまったかもしれない。とにかく小川先生に悲しい思いをさせてしまったことが恥ずかしい。なんとかしなくてはならない、という気持ちで胸のあたりが急に熱くなってきた。考えがまとまっているわけでもないのに、俺は得体のしれない何かに急かされるようにしゃべり始めた。
「僕は藻岩山と豊平川が大好きです。しかし、この札幌の形成に深い関わりのある山と川は僕たちにはあまりにも身近なので、普段はその成立や実態を調べようとしたことがありません。そこで僕は2校交流のテーマの1つとして、“藻岩山・豊平川定点観測”を提案したいと思います。
 平岸と大通地域ではかなり立地条件が違いますから、山も川も違って見えます。その違いを同じ場所から定期的に観測して記録し、2校が共通の資料として蓄積します。それから個別の野外活動として、平岸は山にも川にも近いですから、山では木々やその花や実、草花などの植物、川では流れてくるゴミの種類や量、棲息する魚や虫の調査をします。
 大通は道庁や市役所、北大、市立図書館などで藻岩山と豊平川の資料調査をします。もちろん市の中心部の豊平川の様子と、大通り公園から見た藻岩山の観察もします。
 それぞれの野外活動の結果は定期的な交流会で発表し、担当者を決めて定点観測として合体した資料を作成します。この活動を続ければ、本にはないような札幌の生きた資料が出来ますし、それほど難しくない活動もあるので、低学年の生徒も参加出来ると思います」
 ここまで一気にしゃべったら、肩からすーっと力が抜けたような感じがして、企画なんかいくらでも湧いてくるような気持ちになった。もうひとつ別な提案をしようとしたら、小川先生が手を軽くあげてこういわれた。

幼年時代第75回 藻南公園で2校交流親睦会(2)

 君塚君は合同運動会だとか共同学芸会、グループ別相互学校訪問などというありきたりの企画では意味がないという。俺もそう思う。しかし、発案者が小川先生だから、なんとかこの2校交流は成功させなければならない。
「いい企画をみんなで考え出そうよ、今日はそのために集まったんだから」
 いい企画なんて思い浮かぶ自信はまったくなかったが、俺はみんなを励ます口調でいった。今日までに各自企画を考えておくようにといわれていたのだが、じつは俺には思いつくことは何もなかった。

秋に毎年行なわれる藻南公園の炊事遠足のようす。場所選びをしているようだ。

 どうも俺はいいかげんな人間だ。学校の勉強だって、予習も宿題も完全にしたことはめったにない。要領の良さだけで過ごしている。今度のことも、小川先生が本当に大切なら、先生のために誰にも負けない企画を考え出さなくてはならないのに、今日の今日まで出来ていない。みんなで話し合う時に、ひょいといい考えが浮かぶかもしれない、なんて甘い期待をしている。自分の中のもう1人が“お前はイイカゲンなやつだ”と激しく責めてくる。なおいけないのは、もう1人の自分が“それでいいじゃないか”と囁き続けていることだ。自分で自分が分からなくなる。

 3人で薪を持ち帰ると、小川先生がニコニコしながらいわれた。
「あら、いい薪が集まったわね。浩君、臼井君、君塚君は木のこと詳しいでしょう。平岸の生徒はみんな自然のことよく知ってるの。生活の中で必要だから生きた知識として身についているのね。そこが市内の子どもたちとの違いよ。先生も平岸に来た最初のころは本当に驚いた。でも、今じゃかなり詳しいわよ、みんなに教わったから。カマドを作るのも君塚君はきっと上手だから、よく教わってね」
 確かに君塚君はカマドを作るのも手際がよかった。臼井と俺は彼の指差す石を運び、集めた薪を大きさを揃えてカマドの横に置くだけだった。火をつけるのもうまかった。半紙ほどの大きさのチラシのような紙を少し捩って、先端にマッチで火をつけ、頼りないその僅かな火だけで見事に太い薪を燃え上がらせた。しかも、薪の組合せや傾き、量で火力を自在に操る。それを目にした鍋担当の静代たちが、思わず歓声を上げるほどの鮮やかなお手並みだった。彼は屈んだ姿勢のまま、少し得意そうに目を細めて遠くを見るように顎を上げた。しかし、平岸の仲間が全員そばにいることに気づくと、恥ずかしそうに立ち上がって頭を掻いた。
 間もなく川原にはカレーのいい香りが広がってきて、11時を過ぎたばかりなのに腹が空いてきた。静代は白い割烹着をつけて鍋に向かっている。鍋を見つめる真剣な顔がいつもより大人に見える。ところが俺はいけないことに、彼女が小皿に汁を少しとって味見をする口元を見て、植物園でのことを思い出してしまった。こんな集まりで不謹慎だとは思ったが、どうしようもない。唇や舌の感触がまざまざと思い出される。
「浩君、どうしたの?  お腹空いた? 青山さん、なかなか似合うわね、あの姿が。お料理も上手そう。浩君は青山さんと仲良しだそうね。先生も青山さんが好き。2人とも3年半見ないうちにすっかり大人になったわね。立派な学校の代表で先生嬉しいわ」
 小川先生にこういわれてドキッとした。なぜ、俺と静代が親しいことを小川先生はご存知なのだろう。静代のいうように学校では慎重にしなければならないと思った。
 カレーウドンはとてもうまかった。川原で食べるせいだろうか。これほど食べ物を美味しく感じたのは、昨年春に母の実家の畑で食べたみそ汁以来だ。いつも家で食べているのと同じようなものでも、自然の中で食べるとまるで別物のように新鮮な味に感じられる。そういえば、遠足のお握りや卵焼きも家で食べるよりずっと美味しい。やっぱり外で食べるせいだろう。とにかくカレーウドンは美味しかった。食べながら打ち合わせをするはずだったが、他の人も俺と同じ思いらしく、食べることに夢中で話はなかなか進まない。

 松田先生が、そんな雰囲気を感じたのか、
「いやー、じつに上手においしく出来たね。みんなが力を合わせたからですよ、これは。2校交流にとって幸先がいいね。企画の相談は料理をじっくり味わってからにしましょう」
 と、いわれたのでみんな安心して食べることに専念した。食事の後かたづけをして、全員が車座に座り打ち合わせ会が始まった。始めのうちは両校とも企画に自信がもてない感じで発言が少なく、先生たちも少し不安そうだったが、川村の発言で一気に活発になった。川村はゆっくりとまるで大人みたいな口調で、さとすようにこういったのだ。
「あんまり難しく考えなくてもいいんじゃないかな。とにかく何かを一緒にやれば親しくなれるし、打ち解けて話しもできる。そうなれば育った場所が違うんだから、お互いの興味深いことを自然に知ることになるよ」
 俺は薪集めやカマド作りで君塚君にどれほど感心したかを話して川村の意見を補強した。小川先生は、
「そうね。市内で生活している子から見ると、郊外の子が自然そのものや、自然との付き合い方に詳しいのでビックリするでしょうね。逆に郊外の子から見て何か感じたことはない?」
 と、平岸の連中に問い掛けた。すると、君塚君ではなく、高山という名の丸い大きな目をした可愛い女の子が手をあげた。
「大通りの人と一緒に料理をしていると、材料の切り方なんかが私たちとは少し違うので、とても参考になりました」
「あら、どんなふうに違ってたの?」
「まず、ジャガイモでもニンジンでも、皮を私たちより丁寧に剥きます。それから小さめに切りますが、形がみんな揃うようにしていますし、角を丸くなるように切るのにも感心しました」
 この発言には静代がこう答えた。
「私たちは高山さんたちが手際がよく、包丁の扱いが上手なので、きっと平岸の皆さんは早くからお料理をされているんだな、と思いました。私たちが丁寧だといわれましたが、皆さんの方が実践的で本当のお料理、私たちのはそれに比べたらママゴトの延長みたいだと感じました」
 さすがに静代は話し方がうまい。ちゃんと相手の長所をとらえている。
「なるほど、同じ札幌でも市内と郊外ではかなり違いが出るものですな」
 と、平岸小学校の教頭先生が松田先生に向かって小声でいった。小川先生は円く座った生徒全員をゆっくりと右から左、左から右と見回しながら話し始めた。