
定点観測樹、みはらし山のヤマボウシです。台風が近づいていますが、今朝はさいわいまだ雨は降っていませんでした。ご覧ください。たくさんの実がずいぶん大きく赤く熟してきました。可憐な白い花からはちょっと想像できないような、コンペイトウのような形をした甘い実です。鳥たちが間もなく食べにやってきます
日本の政治については、しばらく話題にする気になれませんでした。しかし、マスコミ報道はイヤでも耳に入り、目に触れますから、傍観してはおりました。それにしても、初めて実現した本格的政権交代で、せっかく盛り上がった政治への関心や期待は、2代の総理大臣による約3年間の体たらくで、すっかり萎んでしまいましたね。
いや、これは少し言い方が間違っているかもしれません。日本の政治がこれほど頼りないものになってしまったのは、民主党政権のせいばかりではありません。私の考察よれば、この病状は小泉政権下で飲みすぎた毒薬がじんわりと効いてきて、それ以降の短命自民党政権で発症悪化し、特効薬になるかと思った政権交代が、民主党の未熟な政治力と、その足を引っ張ることに明け暮れた自民党など野党の愚挙によって、すっかり衰弱し、今や意識不明の重態に陥っているのです。
それでも私は、3.11東日本大地震は、ひょっとすると政治が覚醒し、まともさを取り戻す千載一遇の好機かもしれない、なんて性懲りもなく密かに思ったのでした。しかし、驚きましたねえ。この1,000年に一度あるかないかの大災害への対応のお粗末さで、政治はいっそう混迷し、完膚なきまでに信頼を失う結果となったのです。
ああ、政治なんてこんなものかと、うなだれたのは被災者ばかりではありません。全国民の大半がすっかり政治と政治家に失望し、自分の命は自分で守らなければならないと思い知ったのです。
●ノーサイド、ドジョウ、小沢、財政と景気
さて、新首相の門出に難癖をつけるのは無粋かもしれませんが、人間らしく生きられる社会を待望する者としては、やはり苦言を呈さざるにはいられません。
まず、総裁選挙に当選しての挨拶で、“もう、ノーサイドにしましょう”とか、“誰が好きだとか誰が嫌いだとか、そういった怨念は捨てましょう”というような言葉を聞いて、これはまるで小学校の学級委員の選挙みたいではないか、とわが耳を疑いました。こんな言葉を当選挨拶で言わなければならないほど、今の政治家はその資質を失っているのです。
そして、党内融和が第一で、幹事長に小沢一郎氏に近い人物をあて、この人事を経団連や連合の代表が“見事だ”と反応するにいたっては、何をかいわんや。日本の政治から小沢的なものを排除することが、どれほど大切なことかをすっかり忘れています。
そして、ドジョウだとか金魚だとか、くだらない比喩に感心するマスコミの反応も問題です。最近の政治家の顔つきは、見るに耐えないものが多く(失礼! でもホントです)、ドジョウにも金魚にも値しない、意思薄弱権力ボケの見るに堪えない顔ばかり。ドジョウ発言に謙譲の美徳を感じるのは見当違いでしょう。
議員の顔といえば、東北の被災地で今なお苦しむ多くの人をどう思っているのか、代表選挙から総理指名選挙にいたるまでの会場や議場での議員たちの顔つきや態度をご覧になりましたか、みなさん。何が嬉しいのか満面に笑みを浮かべ、大口を開けて笑いながら談笑する多くの議員を、テレビのニュース画面で見て、吐き気がしたのは私だけではないはずです。
●歴史的円高って何でしょうか?
政策についても1つだけ。新首相は財政の健全化と経済成長を両立させることがご自分の最大の使命であるかのように言っています。しかし、これは絵に書いたモチではありませんか?
考えてもみてください、財政が悪化しているのは日本だけではありません。アメリカ、ヨーロッパの主要国も軒並み巨額の赤字を抱えた財政状態で、経済成長率はかつてないほど低い数字に留まっています。
今は世界中の主要国経済が低迷しているのです。そして、これが何に由来するのかを追求せず、財政健全化なくして経済成長なし、経済成長なくして財政の健全化なし、などとなぜ言えるのでしょう? これは単なる政治家のリップサービス、いやゴリヤクのないお題目に過ぎません。
思い出してください。1971年8月15日のニクソン・ショック(ドル・ショック)を。この日以降、ドル紙幣と金との兌換は停止されたのです。ドルは刷ろうと思えばいくらでも刷ることができるようになったのです。これが世界の“基軸通貨”なのですから経済が溶けていくのも当然です。それから、40年。世界経済はついに瀬戸際まできてしまったのです。
今日は結論だけにします。財や効用と結びつかない、金融資金=マネーが世界的中にあふれ、自由主義市場金融経済とやらは、実体経済力を反映しないマネーの水ぶくれ状態に陥ったのです。歴史的な円高なんて、言ってますが、為替レートは何によって変動するのでしょうか? 実態経済よりも、だぶついたお金が行き場を求めて動くことがいちばん大きな要因であることは、誰もが知っているはずです。
円高対策を打とて、市場や経済界が求め、付和雷同するしか芸のないマスコミが騒ぎ立て、政府はやむく円売りドル買いなどの市場介入をします。しかし、その効果は一時的にしかありません。こんなことをこの40年間で何度繰り返してきたでしょうか?
何度試みても一時的にしか効果のない対策は、ほかの分野であれば“捨てられ”ます。医療でも、教育でも、会社経営でも。そうではありませんか? そう考えれば、為替の乱高下で苦しむのは、金融政策や産業実態に問題があるのではなく、多少はあるかもしれませんが、根本的には市場に大量のお金が余っているからに決まっています。このことを考えなければ、どうあっても経済を根本的に改善することはできません。
そもそも、世界中の国々で、官低民高という現象が生じています。要するに、どこの国も国家は貧しく赤字なのですが、大もうけをしてお金を溜め込んでいる企業や個人はたくさんいるのです! これは誰でも知っていることです。これが“変だ”と感じなければ、世界経済は崩壊に向かうしかありません。
新内閣が明日にも発足しようという“めでたい”時ではありますが、浮かれている余裕はありません。今は世界中の経済と政治が危機に陥っている“非常事態”ではないでしょうか?
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